

「肺の病気カビ」という検索語から想起される代表的な疾患は、肺アスペルギルス症です。原因となるアスペルギルス属は糸状真菌で、土壌、植物、ほこり、建築資材などの環境中に存在し、空気中の胞子を吸入することで気道に入ります。ただし、胞子を吸い込んだことと、肺に病気が成立したことは同じではありません。健常者では気道の排除機構や免疫細胞が働きますが、免疫機能の低下や肺の構造的な障害があると発症リスクが高まります。
参考)Clinical Overview of Aspergill…
また、肺の真菌関連疾患すべてがアスペルギルス症というわけではありません。ヒストプラズマ症、コクシジオイデス症、ブラストミセス症などでも、発熱、咳、息切れといった呼吸器症状が生じます。これらには地理的な分布があるため、海外渡航歴や居住歴は鑑別を考える手掛かりになります。本記事では、国内の呼吸器診療で重要な肺アスペルギルス症を中心に解説します。
参考)Fungal Diseases and COVID-19
患者説明では、環境中のカビへの曝露と、実際の病気の成立を分けて説明することが大切です。自宅にカビが見つかったという情報だけでは、肺の病変の原因を特定できません。逆に、目立つ室内のカビがなくても、環境中の胞子への曝露は起こります。曝露の有無だけで判断せず、宿主側のリスク、症状、画像、微生物学的所見を組み合わせて評価します。
侵襲性肺アスペルギルス症では、高度または長期間の好中球減少、血液悪性腫瘍、造血幹細胞移植・臓器移植、高用量の副腎皮質ステロイドや免疫抑制療法が重要なリスク因子です。発熱、咳、胸痛などで発症し、免疫不全患者では肺以外の臓器へ感染が広がることもあります。感染の進展が懸念される患者では、慢性疾患としての評価とは異なる緊急性を持って対応する必要があります。
| 項目 | 基準・内容 | 備考 |
|---|---|---|
| 侵襲性肺アスペルギルス症 | 高度免疫抑制や好中球減少を背景に、肺への侵襲性感染を生じる。 | 肺外への播種もあり得るため、迅速な評価が重要。 |
| 慢性肺アスペルギルス症 | 構造的肺疾患を背景に、呼吸器症状や空洞性病変などが持続・進行する。 | |
| 単純性肺アスペルギローマ | 安定した経過を示す単一空洞内に菌球を認める病態。 | |
| アレルギー性気管支肺アスペルギルス症 | 真菌への感作と免疫反応を背景に、喘息症状や特徴的な気道病変を生じる。 | 特異的IgE、総IgE、好酸球、特異的IgG、画像を評価する。 |
アレルギー性気管支肺アスペルギルス症は、ABPAと略されます。喘息や嚢胞性線維症が代表的な背景ですが、2024年のISHAM改訂指針ではCOPD、気管支拡張症、または適合する臨床・画像所見も診断の入口に含まれます。したがって、「喘息がないからABPAではない」と機械的に除外するのではなく、粘液栓、気管支拡張、移動性の陰影などを含めて評価することが重要です。
血清検査も病型に応じて使い分けます。ガラクトマンナン抗原は侵襲性アスペルギルス症の診断に用いられ、血清や気管支肺胞洗浄液が検体となります。β-D-グルカンは真菌の細胞壁成分を検出しますが、アスペルギルスに特異的ではありません。また、慢性肺アスペルギルス症では血清ガラクトマンナンやβ-D-グルカンの感度が十分でない場合があるため、陰性結果を過大評価しないことが大切です。
ABPAは、真菌に対する感作がある喘息と同義ではありません。2024年のISHAM改訂指針では、背景疾患または適合する臨床・画像所見を前提に、原則としてA. fumigatus特異的IgEが0.35 kUA/L以上、血清総IgEが500 IU/mL以上であることを必須要素とします。さらに、A. fumigatus特異的IgG陽性、末梢血好酸球数500個/μL以上、適合する画像所見の3項目から2項目を満たす構成です。好酸球数については過去の測定値も利用できます。
総IgEの閾値が、従来のISHAM基準における1,000 IU/mLから500 IU/mLへ変更された点は、情報更新上の重要なポイントです。ただし、総IgE高値だけでは診断できません。真菌感作のみの患者でも特異的IgEや総IgEが高くなるため、追加の免疫学的所見と画像所見が必要です。また、他の基準を満たす場合には総IgEが500 IU/mL未満でも診断を認める例外が示されています。
胸部CTでは、気管支拡張、粘液栓、高吸収粘液などを評価します。高吸収粘液は特異性の高い所見ですが、すべてのABPA患者にみられるわけではありません。高吸収粘液がないことだけでABPAを除外せず、免疫学的検査との組み合わせで判断します。なお、血清ガラクトマンナンはABPAの診断検査として推奨されておらず、侵襲性感染の検査をそのままアレルギー性病態の判定に流用しないことが重要です。
治療は炎症を抑えることと、気道内の真菌負荷を減らすことを軸に考えます。ISHAM改訂指針では、新規診断または増悪した急性ABPAに対し、経口プレドニゾロンまたはイトラコナゾールの単剤治療を推奨しています。両剤の併用はすべての患者に必要な標準対応ではなく、反復する増悪などで検討されます。また、無症状のABPAに対する治療は一律には推奨されていません。
アスペルギルス以外の真菌による類似病態は、アレルギー性気管支肺真菌症、ABPMとして区別されます。ABPAに似た症状や画像がある一方でA. fumigatus特異的IgEが陰性の場合には、他の原因真菌を検討します。ABPMでは原因真菌の反復検出が診断上重要であり、通常の喘息増悪、感染性の気管支拡張症増悪、ABPA・ABPMの増悪を分けて評価する必要があります。
2024年ISHAM改訂指針:ABPA・ABPMの診断と治療
慢性型では長期治療が必要となる場合があり、内服可能なアゾール系抗真菌薬が重要な役割を担います。一方、同じアスペルギルス症でも、単純性肺アスペルギローマでは外科的治療が検討されるなど、治療戦略は異なります。菌球があるという画像所見だけで一律に抗真菌薬を開始するのではなく、病変の進行、症状、喀血の問題、全身状態を踏まえ、呼吸器内科・感染症科・外科で方針を検討します。
薬剤耐性も見落とせません。CDCは、アゾール系抗真菌薬に耐性のあるA. fumigatusについて注意を促しており、過去にアゾール系薬の治療歴がない患者でも耐性菌感染が起こり得るとしています。治療反応が乏しい場合には、病型や診断の再検討に加え、原因菌の同定、薬剤感受性検査、耐性の可能性を検討します。単に同じ薬剤を継続するだけでは、治療不成功の原因を見逃すことがあります。
感染性病態とアレルギー性病態を混同しないことは、安全な薬物療法の前提です。ABPAでは副腎皮質ステロイドが治療選択肢になりますが、侵襲性アスペルギルス症では免疫抑制が重要なリスクであり、可能なら免疫抑制療法の減量・中止が検討されます。患者が自己判断でステロイドや免疫抑制薬を中断するのではなく、原疾患の担当医を含めて感染制御とのバランスを評価する必要があります。
環境対策では、医療施設の工事や改修に伴う粉じんへの曝露が重要です。CDCは、医療関連アスペルギルス症と工事・改修時の粉じんとの関連を示しています。高度免疫抑制患者を管理する施設では、環境感染対策の指針に沿って曝露を減らす体制が求められます。ただし、環境清掃だけで、成立した肺アスペルギルス症を治療できるわけではありません。