

悪露とは、出産後に子宮から腟を通じて排出される、血液、粘液、子宮内膜由来の組織などを含む分泌物です。単なる「産後の出血」ではなく、回復過程で血液の少ない分泌物へと変化していく点が重要です。経腟分娩だけでなく帝王切開後にもみられ、一般的には数週間かけて量が減少します。悪露の評価では、匂いに加えて産後日数、色、量、血塊、疼痛、体温を組み合わせて観察します。
参考)Lochia (Postpartum Bleeding): …
正常な悪露にも匂いはあり、月経血に似た匂いや金属のような匂いとして表現されます。したがって、「匂いがする」という訴えだけで感染と判断することはできません。一方、いつもの月経血とは明らかに違う不快な悪臭や魚のような臭気は、感染を疑って相談する理由になります。「血の匂い」と「強い不快臭」を区別して聞き取ることが、初期評価の出発点です。
患者が検索する「悪露匂い」という言葉には、正常かどうかの確認だけでなく、「他人に気づかれないか」「自分の清潔管理が悪いのか」という不安が含まれることもあります。説明時には、まず悪露は通常の回復過程で生じること、正常でも無臭とは限らないことを伝えます。そのうえで、本人が感じた変化を否定せず、何が以前と違うのかを具体的に確認する構成が適切です。NICEも、産後のケアでは本人の懸念を聞き、理解しやすい言葉で個別に情報を提供することを推奨しています。
参考)Recommendations
Cleveland Clinic:悪露の経過・色・匂い
悪露は、一般に赤色悪露、漿液性悪露、白色悪露へと移行します。赤色からピンク色・褐色、さらに黄白色へ変化し、血液成分と量が減っていくのが典型的な経過です。ただし、各段階の開始時期や持続期間には個人差があります。表の日数は目安であり、特定の日に色が変わらないことだけを理由に異常と判定するものではありません。
| 項目 | 基準・内容 | 備考 |
|---|---|---|
| 赤色悪露 | 産後おおむね最初の3~4日。赤い血液が主体で、小さな血塊を含むことがある。 | 持続する赤色出血や増量は、日数だけでなく出血量と全身状態を評価する。 |
| 漿液性悪露 | 産後おおむね4~12日。ピンク色から褐色となり、血液が少なく水様に近づく。 | 前日までの状態と比べ、減少傾向にあるかを確認する。 |
| 白色悪露 | 産後おおむね12日以降。黄白色で、血液は少量またはほとんど含まれない。 | 一般に産後6週程度まで続き、少量が8週程度残る人もいる。 |
| 正常範囲の匂い | 月経血に似た匂い、金属のような匂いなど。 | 匂いの表現には個人差があり、臭気のみで正常を保証しない。 |
| 相談が必要な変化 | 不快な悪臭、緑色の分泌物、出血の増加、発熱、悪寒、増悪する疼痛。 | 感染や胎盤遺残などを考え、速やかに医療者へ相談する。 |
黄白色になった悪露を、色だけで「膿」と説明しないことも重要です。黄白色は白色悪露でみられる正常な変化ですが、同じような色でも、不快な悪臭、発熱、下腹部痛などを伴えば評価が必要になります。反対に、出血量が少ないから感染はないともいえません。産褥子宮内膜炎では、分泌物が多い場合だけでなく少ない場合もあり、血液の有無も一定ではありません。
活動、授乳、起床して立ち上がった際などには、一時的に排出量が増えることがあります。しかし、増量が続く、突然多量に出血する、血塊や組織様のものが出る場合には、通常の変動として処理せず確認します。ナプキンの交換回数だけでは吸収量の違いが分からないため、使用した製品と、どの程度まで血液が広がっていたかを具体的に聞くと、出血量の把握に役立ちます。
悪露の不快な悪臭で重要な鑑別の一つが、産褥子宮内膜炎です。主に下部生殖器などから細菌が上行して起こる子宮の感染で、複数の菌が関与することが多く、下腹部痛、子宮圧痛、発熱、倦怠感などがみられます。発症は産後24~72時間に多いとされますが、退院後の訴えでも産後感染として評価する必要があります。悪臭は手がかりであり、匂いの種類から起因菌を特定することはできません。
また、悪臭の発生源が必ず子宮とは限りません。腟や会陰の感染、会陰切開・裂傷部の創感染などでも臭気の変化が生じる可能性があります。会陰痛が改善しない、むしろ強くなる、腫脹が増える、創が開くといった訴えも確認します。NICEは、不快な臭気を伴う分泌物を感染の可能性がある所見として扱い、会陰創の離開がある場合には同日中の専門診療につなげるよう推奨しています。
受診案内では、「38℃になるまで待つ」「悪臭が数日続いたら連絡する」といった一律の待機条件を設けないことが大切です。診断に使われる発熱の基準と、患者が相談すべきタイミングは別です。NICEは、不快な匂いの分泌物そのものを遅滞なく相談する理由に挙げています。大量出血や失神感などで安全な移動が難しい場合には、通常の外来受診ではなく救急対応につなげる判断が必要です。
問診では、出産日、分娩様式、匂いが変わった時期、悪露の色と量、血塊、体温、悪寒、痛みの部位と程度、全身の具合を整理します。産褥子宮内膜炎のリスク因子として、帝王切開、長時間の破水や分娩、絨毛膜羊膜炎、胎盤組織の遺残・用手除去、産後出血などが挙げられるため、分娩記録と合わせて確認します。これらは疑いを強める情報ですが、リスク因子がないことを根拠に感染を否定するものではありません。
参考)Postpartum Endometritis - Gyne…
電話相談では、「臭いですか」という質問だけで終わらせず、「いつもの月経血と比べてどう違うか」「新しいパッドに交換しても気になるか」「どの症状が同時に起こっているか」と順に聞き取ります。例えば、「産後7日目、褐色で少量だが昨日から不快臭があり、悪寒もある」という訴えでは、色と量が典型的な経過に近くても感染の評価を優先します。清潔にした後も続く匂いの変化は相談が必要であり、清潔ケアを受診前の必須条件にしてはいけません。
対面診療では、全身状態とバイタルサインを確認し、腹部や子宮の圧痛、会陰創、帝王切開創などを評価します。産褥子宮内膜炎は、病歴と身体所見を中心に臨床的に診断する疾患です。産後の発熱や下腹部症状には尿路感染、創感染、会陰感染なども関与するため、必要に応じて尿検査・尿培養などで他の原因を検討します。帝王切開後では、切開創の圧痛と子宮の圧痛の区別が難しいことにも注意します。
検査は「悪臭があるから全例同じ項目を行う」のではなく、出血、疼痛、発熱、治療反応などに応じて選択します。子宮内膜の培養は、腟や子宮頸部の細菌による汚染が生じやすく、通常は診断の中心になりません。標準的な抗菌薬治療に反応しない場合や、敗血症が疑われる場合などには、培養検査の必要性を個別に判断します。また、十分な治療後も48~72時間で発熱の改善傾向が乏しい場合は、骨盤内膿瘍や敗血症性骨盤血栓性静脈炎などを再検討します。
産褥子宮内膜炎の治療は、複数の起因菌を想定した広域抗菌薬が基本です。Merck Manualでは、クリンダマイシンとゲンタマイシンの静注併用などを示しています。ただし、実際の薬剤選択と投与設計は、重症度、腎機能、アレルギー、授乳状況、施設の診療方針などを踏まえて担当医が判断します。匂いが軽くなったことだけで治癒と判断せず、解熱、疼痛、全身状態などの改善を確認することが重要です。
Merck Manual Professional:産褥子宮内膜炎の診断と治療
日常のケアでは、悪露を吸収するパッドをこまめに交換し、交換の前後に手洗いを行い、会陰部を毎日シャワーなどで清潔に保つことが基本です。NICEはこれらを会陰部の衛生管理として推奨しています。説明の目的は「完全に無臭にすること」ではなく、清潔を保ちながら、異常な変化を早く認識できるようにすることです。悪臭を本人の衛生管理不足と決めつける対応は避けます。
産後早期のタンポン使用は、感染リスクへの配慮から避けるよう案内します。NHSは産後6週の健診前の使用を推奨しておらず、Cleveland Clinicも最初の6週間はパッドなどを使うことを勧めています。再開時期は、会陰や腟の回復状態を含め、出産施設の指示に従うよう説明します。匂いを気にするあまり、吸収材を腟内に入れて対処する方向へ誘導しないことが重要です。
清潔ケアで様子を見る範囲と、医療相談が必要な範囲は明確に分けます。通常の血液に似た匂いがあり、悪露が徐々に減少している場合と、新たな不快臭がある場合では対応が異なります。後者では、パッド交換やシャワーだけで改善を待たず相談を促します。英国の病院患者資料も、入浴・シャワーやパッド交換後にも気づく匂いの変化について、助産師や医師へ早めに伝えるよう案内しています。
参考)https://www.uhs.nhs.uk/Media/UHS-website-2019/Patientinformation/Pregnancyandbirth/Blood-loss-what-to-expect-after-the-birth-of-your-baby-743a-PIL.pdf
退院時には、正常な色と量の推移だけでなく、連絡すべき症状、連絡先、夜間・休日の相談方法まで具体的に伝えます。「悪臭があれば相談してください」に加え、「発熱がなくても連絡する」「出血の急な増加や悪寒、腹痛も一緒に伝える」と説明すると、本人が取るべき行動が明確になります。可能であれば本人の希望に沿って家族にも情報を共有し、説明後には、どの変化があれば連絡するかを本人の言葉で確認します。
医療従事者に求められるのは、悪露の匂いを単独の診断材料にすることではなく、患者が捉えた変化を産後日数、出血、疼痛、感染徴候、分娩歴と結びつけることです。正常な悪露にも匂いがあると説明しつつ、不快な悪臭を「産後だから普通」と片づけない姿勢が、安全な産後支援につながります。本記事は医療従事者の情報整理を目的とし、個別患者の診療では施設の手順と担当医の判断に従ってください。