

舌がピリピリする、ヒリヒリする、熱いものに触れたように痛むという訴えには、ストレス、不安、抑うつが関与することがあります。しかし、患者がストレスを自覚していることだけを根拠に、症状を心因性と判断することはできません。米国国立歯科・頭蓋顔面研究所NIDCRは、口腔内の灼熱感に関係する要因として、心理的負担だけでなく、口腔乾燥、感染、アレルギー、薬剤、栄養欠乏、内分泌疾患なども挙げています。
参考)Burning Mouth
舌や口腔内に持続する灼熱痛があり、診察で明らかな粘膜病変が認められない場合は、口腔灼熱症候群、すなわちburning mouth syndrome(BMS)を検討します。日本語で舌痛症と呼ばれる病態と重なる部分がありますが、BMSの症状は舌だけでなく、口唇、口蓋、口腔全体にも生じます。「舌がピリピリする」という表現は症状の記述であり、そのまま病名を確定するものではありません。
NIDCRは、BMSについて、痛みや味覚を担う口腔内の神経の障害が関与すると考えられていると説明しています。見た目の異常や血液検査の異常が乏しいことがあっても、患者の痛みが存在しないわけではありません。診療では、身体的評価を行うことと、ストレスへの支援を行うことを対立させず、両方を進める姿勢が必要です。
例えば、忙しい時期に症状が悪化し、休息中は軽くなる患者でも、その変動だけで原因を断定しません。ストレスが症状に関係する可能性を説明しつつ、口腔内の所見、乾燥、薬剤の変更、食事や口腔ケア製品との関係を確認します。「検査で異常がないから気にしすぎ」と伝えるのではなく、症状を認めたうえで、評価できたことと、まだ分からないことを区別します。
BMSには、原因を特定できない一次性の病態と、他の疾患や状態に関連する口腔灼熱症状を区別する考え方があります。原因となる疾患があれば、その治療が優先されます。診断は単一の検査で確定するものではなく、病歴、診察、必要な検査を組み合わせ、別の原因を検討する過程が重要です。
| 項目 | 基準・内容 | 備考 |
|---|---|---|
| 口腔灼熱症候群 | 灼熱感やピリピリ感が繰り返し、長期間続く | 見た目が正常でも検討するが、他の原因を評価する |
| 口腔乾燥 | 乾燥感、唾液量、服薬、既往歴を確認する | 薬剤、シェーグレン病、放射線治療などが関連する |
| 口腔内感染 | 粘膜所見と必要に応じた検体検査を確認する | カンジダなどの真菌感染を検討する |
| 栄養欠乏 | 鉄やビタミンB群の不足を検討する | 病歴に応じて血算、鉄関連検査などを選ぶ |
| 接触刺激・アレルギー | 歯科材料、口腔ケア製品、食品との関係を確認する | 必要な場合にアレルギー評価を行う |
| 全身疾患・薬剤 | 糖尿病、甲状腺疾患、降圧薬などを確認する | 時間的関連と他の症状を含めて評価する |
| 口腔内の習慣 | 舌を頻繁に動かすなどの習慣を確認する | 症状に関与する場合は行動面から支援する |
表は、NIDCRが挙げる原因・関連要因と、診断に関する臨床解説を整理したものです。すべての患者にすべての検査を実施するという意味ではありません。例えば、乾燥が目立つ患者では唾液と薬剤を重点的に評価し、栄養状態や貧血が疑われる患者では関連する血液検査を選びます。所見と病歴に基づいて検査を絞ることが重要です。
痛みの部位も確認します。舌尖、舌の側縁、舌背などに多いとされますが、口唇や口蓋まで広がる場合もあります。診察では、患者が指す部位と実際の粘膜所見を対応させます。また、歯や歯肉の問題、感染、刺激を評価し、見た目に明らかな異常があれば、原因不明のBMSという説明を急がず、その病変に対する診断を進めます。
問診では、発症時期、持続時間、毎日の変動、食事との関係、口腔乾燥、味覚変化を確認します。BMSでは、朝は比較的軽く、日中に増強する患者や、飲食で一時的に軽くなる患者がいます。一方で、こうした特徴は全員に見られるわけではなく、典型的な経過がないことだけで否定しないようにします。
検査は、疑われる病態に合わせて選択します。血液検査、口腔内のスワブ検査、アレルギー検査、唾液流量検査などが候補になります。鉄欠乏が疑われる場合には、血算に加えて鉄やフェリチンなどを検討します。ただし、数値が正常であることだけで、疼痛の訴えを否定することはできません。検査は診断を補助する手段であり、患者の症状を評価すること自体を代替しません。
口腔乾燥については、患者が感じる乾燥と、測定される唾液分泌を分けて扱います。BMSには乾燥感を伴うことがありますが、乾燥の背景に薬剤や疾患がある場合もあります。必要に応じて唾液流量の評価を行い、乾燥感の訴えだけで原因を特定しないようにします。薬剤が疑われても、患者自身による中止ではなく、処方医との調整につなげます。
診断が難しい場合は、歯科から口腔外科、口腔内科に相当する専門領域、または耳鼻咽喉科などへ紹介します。NIDCRも、まず歯科で相談し、必要に応じて専門医へ紹介する流れを示しています。紹介時には、症状の経過、口腔所見、既往歴、薬剤、実施済み検査を整理して伝えると、同じ確認の繰り返しを減らしやすくなります。
原因となる疾患や状態が見つかった場合には、その対応を優先します。感染や乾燥、栄養欠乏などへの治療で症状が軽くなる可能性があります。薬剤が主な原因と考えられる場合は、処方医が変更を検討します。ただし、複数の要因が関係する患者もいるため、原因への対応後も症状を再評価し、残った痛みを放置しないことが必要です。
一次性BMSでは、誰にでも確実に有効な治療法は確立していません。症状の制御を目的として、唾液代替製品、局所的な疼痛緩和、神経系に作用する薬剤、認知行動療法などが検討されます。Mayo Clinicは、治療効果に関する確かな研究が不足していることも明示しています。薬剤を紹介する際は、「標準的に必ず治る薬」と説明せず、利益と副作用、患者の背景を考慮して専門医が選択する治療と位置づけます。
参考)https://www.mayoclinic.org/diseases-conditions/burning-mouth-syndrome/diagnosis-treatment/drc-20350917
Mayo Clinic:口腔灼熱症候群の診断と治療
認知行動療法は、症状が架空であることを前提とする治療ではありません。不安や抑うつ、ストレスへの対処、慢性疼痛との付き合い方を支援する方法として挙げられています。患者には、「痛みを否定するためではなく、痛みによって生活が制限されることや、痛みと不安の相互作用を軽くするため」と説明すると、心理的支援の位置づけを伝えやすくなります。
生活面では、冷たい飲み物を少量ずつ飲む、無糖ガムを利用するなどで、一時的に症状が軽くなる患者がいます。熱い食品、香辛料の強い食品、アルコール、アルコールを含む洗口液、酸味の強い食品、たばこなどは刺激となるため、症状との関係を確認します。すべてを一律に禁止するより、患者が実際に悪化を感じる刺激を把握し、栄養や生活の負担を増やしすぎない方法を検討します。
患者説明では、「ストレスが原因です」と言い切るより、「ストレスが症状に関わることはありますが、乾燥や感染、薬の影響なども確認します」と伝えます。BMSは口の見た目が正常でも起こり、診断までに時間がかかることがあります。評価の見通しを共有し、何を確認するための診察・検査なのかを説明することで、異常が見つからなかった際にも診療の意味を伝えられます。
経過観察では、痛みの強さだけでなく、食事、会話、仕事、睡眠への影響を確認します。BMSは患者によって経過や治療への反応が異なり、複数の方法を時間をかけて試す場合があります。そのため、短期間で完全に消失しなかったことだけをもって治療失敗と判断せず、症状と生活への影響の変化を共有しながら調整します。
実務上は、症状が出る時間帯、飲食、口腔ケア製品、服薬、ストレスを簡潔に記録してもらうと、問診で確認すべき関係を整理できます。記録は原因を患者自身に断定させるためではなく、診療で検討する材料として使います。症状を常に監視する負担が大きくならないよう、必要な項目に絞って振り返る方法が適しています。
なお、舌がピリピリする症状をすべてBMSとして扱わないことが重要です。新たな粘膜病変や、これまでと異なる症状が出た場合には、従来の説明に固執せず診察をやり直します。BMSの診断は他の原因を評価する過程を伴うため、初診時に目立った異常がなかった患者でも、その後の変化を確認する意義があります。
医療従事者には、疼痛の訴えを尊重しながら、身体的な原因と心理社会的な要因を併せて評価する姿勢が求められます。見た目の異常が乏しいことは「問題がない」と同義ではなく、ストレスへの支援も身体的評価の代わりではありません。原因が見つかればその治療を進め、原因を特定できない場合も、専門科と連携して疼痛、乾燥、生活上の負担を継続的に支援します。