胃ろうしない選択を支える医療者の判断とケア実践

胃ろうしない選択を支える医療者の判断とケア実践

胃ろうしない選択は、医療やケアの放棄ではありません。疾患の回復可能性、人工栄養の利益と負担、本人の価値観を整理し、意思決定支援と苦痛緩和を継続するために、医療従事者は何を確認すべきでしょうか?

胃ろうしない選択の基礎知識と核心ガイド

胃ろうを選ばない判断とケアの基本
不造設とケア中止を区別する

胃ろうを造らなくても医療やケアは続きます。経口摂取の支援や苦痛緩和など、実施するケアを明確にします。

病態とエビデンスを見極める

重度認知症の研究結果を全疾患へ当てはめず、回復可能性と栄養補給の目的、本人への利益と負担を評価します。

本人中心に繰り返し話し合う

本人の意思と価値観を中心に、多職種と家族が話し合います。決定後も病状や希望の変化に応じて見直します。


胃ろうしない選択とは何か:治療放棄との違い


「胃ろうしない選択」とは、腹壁を通して胃内へ栄養を投与する経路を造設しないという選択です。ただし、その意味は一つではありません。経口摂取を支えながら経過を見る場合、別の方法で水分・栄養を補う場合、人工的な水分・栄養補給そのものを導入せず快適さを重視する場合があり、それぞれ区別して検討する必要があります。日本老年医学会は、人工的水分・栄養補給の導入を考える際に、導入しないことも含めた選択肢を示し、本人の生活にもたらす利益と害を評価するよう求めています。
jpn-geriat-soc.or(https://www.jpn-geriat-soc.or.jp/proposal/pdf/jgs_ahn_gl_2012.pdf)
したがって、胃ろうを造設しないことを「何もしない」「見捨てる」と説明するのは適切ではありません。日本老年医学会のガイドラインでは、生命維持を目指す介入が本人に利益をもたらさない場合にも、苦痛を緩和し快適に過ごすためのケアを重視しています。厚生労働省も、人生の最終段階では疼痛やその他の不快な症状を十分に緩和し、本人・家族への精神的・社会的援助を含む総合的な医療・ケアを行う必要があるとしています。
jpn-geriat-soc.or(https://www.jpn-geriat-soc.or.jp/proposal/pdf/jgs_ahn_gl_2012.pdf)
医療従事者が最初に確認したいのは、「胃ろうを造らない」という言葉で本人が何を望んでいるかです。処置を避けたいのか、管による栄養投与を避けたいのか、延命より快適さを優先したいのかによって、検討すべき方針は変わります。日本老年医学会は、本人の人生観をよく聴き、拒否の背景に家族への遠慮や孤独感などがないかも慎重に確認するよう示しています。意思表示をそのまま書面へ転記するだけでは、十分な意思決定支援とはいえません。
jpn-geriat-soc.or(https://www.jpn-geriat-soc.or.jp/proposal/pdf/jgs_ahn_gl_2012.pdf)
また、胃ろうの導入をしない判断と、すでに行っている人工栄養の減量・中止は、実施状況が異なります。日本老年医学会は、導入後も本人への利益を継続的に評価し、必要に応じて減量・中止を検討するとしています。いずれも本人の意思と医学的評価を踏まえて話し合う必要があり、「一度始めたら変更できない」「造設しなければ以後の支援は不要」という二分法で扱わないことが重要です。
jpn-geriat-soc.or(https://www.jpn-geriat-soc.or.jp/proposal/pdf/jgs_ahn_gl_2012.pdf)
日本老年医学会:人工的水分・栄養補給の導入を中心とした意思決定プロセスのガイドライン


判断の前提となる病態評価と研究結果の読み方

胃ろうしない選択を検討する前に、経口摂取によって水分・栄養を確保できる可能性を評価します。日本老年医学会は、身体機能だけでなく、経口摂取を可能にするケアの実施可能性も十分に検討するよう求めています。食べられないという結果だけを見て胃ろうの適否を決めるのではなく、どのような支援でどこまで摂取できるか、人工栄養によって何を達成したいかを整理します。
jpn-geriat-soc.or(https://www.jpn-geriat-soc.or.jp/proposal/pdf/jgs_ahn_gl_2012.pdf)
研究結果を説明する際は、対象疾患と病期を明確にする必要があります。2021年のCochraneレビューは、重度認知症と摂食・嚥下の問題がある人を対象とした14件の非ランダム化比較研究、計49,714人を検討しました。胃ろうによる栄養投与の生存期間への影響を調べた4研究、計36,816人では、生存期間を延ばす効果を示す証拠は認められませんでした。ただし、証拠の確実性は低く、「誰に対しても延命効果がない」と断定できる結果ではありません。
cochrane(https://www.cochrane.org/evidence/CD013503_enteral-tube-feeding-people-severe-dementia)
同レビューでは、4,421人を対象とした1研究で、胃ろうによる栄養投与に伴う褥瘡リスクの増加が示され、この結果の確実性は中等度と評価されました。一方、生活の質を評価した研究はなく、経管栄養の方法が混在した研究では生存に関する結果も一致していません。重度認知症の研究から得られた知見を、異なる疾患や回復段階にある患者へそのまま当てはめないことが必要です。
cochrane(https://www.cochrane.org/evidence/CD013503_enteral-tube-feeding-people-severe-dementia)

jpn-geriat-soc.or(https://www.jpn-geriat-soc.or.jp/proposal/pdf/jgs_ahn_gl_2012.pdf)

jpn-geriat-soc.or(https://www.jpn-geriat-soc.or.jp/proposal/pdf/jgs_ahn_gl_2012.pdf)

cochrane(https://www.cochrane.org/evidence/CD013503_enteral-tube-feeding-people-severe-dementia)

cochrane(https://www.cochrane.org/evidence/CD013503_enteral-tube-feeding-people-severe-dementia)

jpn-geriat-soc.or(https://www.jpn-geriat-soc.or.jp/proposal/pdf/jgs_ahn_gl_2012.pdf)

項目 基準・内容 備考
経口摂取の可能性 身体機能と、摂取を支えるケアの実施可能性を評価する 人工栄養の導入前に十分検討する。
栄養補給の目的 本人らしい生活の継続を目指すのか、快適さを目指すのかを明確にする 投与経路より先に目標を共有する。
重度認知症での生存 胃ろうの4研究では生存期間への効果を示す証拠がなかった 証拠の確実性は低く、効果がないことの確証ではない。
褥瘡と生活の質 胃ろうに伴う褥瘡リスク増加の知見がある一方、生活の質の研究はなかった 改善を当然の結果として説明しない。
継続・変更の判断 導入後も利益と負担を評価し、離脱・減量・中止を検討する 初回の判断で固定しない。

胃ろうにすれば肺炎を必ず防げる、褥瘡が必ず改善する、本人の苦痛が必ず減るという説明も避けます。Cochraneレビューでは、重度認知症に対する経管栄養で肺炎リスク増加を示唆する知見があり、管に伴う不快感や抜去しようとする行動などの問題も挙げられています。期待する効果と起こり得る負担を併せて説明し、不確実な点は不確実なまま伝える姿勢が求められます。
cochrane(https://www.cochrane.org/evidence/CD013503_enteral-tube-feeding-people-severe-dementia)
Cochrane:重度認知症の人に対する経管栄養の効果と安全性


本人の意思を中心に据えた多職種の意思決定支援

胃ろうしない選択を支える核心は、意思決定を本人中心の継続的なプロセスとして扱うことです。厚生労働省の2018年改訂ガイドラインは、人生の最終段階において、適切な情報提供と十分な話し合いを踏まえた本人の意思決定を基本としています。また、本人の意思は変化し得るため、意思を示せるように支援し、家族等の信頼できる人も含めて繰り返し話し合うことを重視しています。
mhlw.go(https://www.mhlw.go.jp/file/04-Houdouhappyou-10802000-Iseikyoku-Shidouka/0000197701.pdf)
説明では、胃ろうの処置や栄養投与の方法だけでなく、各選択肢によって本人の生活がどう変わるかを扱います。日本老年医学会は、「胃ろうにしますか」という単純な問いではなく、複数の可能性と生活への影響を示すよう求めています。本人が大切にしてきたこと、残された時間の過ごし方、家族との関わり方などを聴き、医学的評価と本人の価値観を結び付けて検討します。
jpn-geriat-soc.or(https://www.jpn-geriat-soc.or.jp/proposal/pdf/jgs_ahn_gl_2012.pdf)

  • 本人の意思を確認できる場合は、適切な説明と話し合いを行い、本人による意思決定を基本とする。
  • mhlw.go(https://www.mhlw.go.jp/file/04-Houdouhappyou-10802000-Iseikyoku-Shidouka/0000197701.pdf)

  • 本人の意思を確認できない場合は、家族等が推定できる本人の意思を尊重し、本人にとって最善の方針を検討する。
  • mhlw.go(https://www.mhlw.go.jp/file/04-Houdouhappyou-10802000-Iseikyoku-Shidouka/0000197701.pdf)

  • 本人の意思を推定できない場合は、家族等と十分に話し合い、本人にとって何が最善かを医療・ケアチームで判断する。
  • mhlw.go(https://www.mhlw.go.jp/file/04-Houdouhappyou-10802000-Iseikyoku-Shidouka/0000197701.pdf)

  • 家族等がいない場合や判断をチームへ委ねる場合にも、本人にとって最善の方針を検討する。
  • mhlw.go(https://www.mhlw.go.jp/file/04-Houdouhappyou-10802000-Iseikyoku-Shidouka/0000197701.pdf)

  • 意見がまとまらない場合は、担当チーム以外の者も加えた複数の専門家による検討・助言の場を設ける。
  • mhlw.go(https://www.mhlw.go.jp/file/04-Houdouhappyou-10802000-Iseikyoku-Shidouka/0000197701.pdf)

本人が十分に言語化できなくなっても、その場の気持ちを無視してよいわけではありません。日本老年医学会は、意思確認が難しい場合にも、本人の対応する力に応じて話し合い、現在の気持ちを大事にするよう示しています。過去の発言や家族の説明は重要な情報ですが、それだけで現在の本人の意思と最善を即断しない慎重さが必要です。
jpn-geriat-soc.or(https://www.jpn-geriat-soc.or.jp/proposal/pdf/jgs_ahn_gl_2012.pdf)
家族への問いかけも、「胃ろうをするか、しないか決めてください」だけでは不十分です。実務上は、「本人はどのような生活を大切にしていましたか」「これまで治療について何か話していましたか」と尋ね、家族が本人の価値観を伝えられるように支援します。これは家族へ判断を丸投げするのではなく、本人の推定意思と最善を検討するための情報を、医療・ケアチームと共有するための問いかけです。
jpn-geriat-soc.or(https://www.jpn-geriat-soc.or.jp/proposal/pdf/jgs_ahn_gl_2012.pdf)
厚生労働省:人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン


胃ろうを造設しない場合の栄養支援と苦痛緩和

胃ろうを造設しない場合にも、経口摂取の支援、別の経路による水分・栄養補給、快適さを中心としたケアを検討します。日本老年医学会は、人工的水分・栄養補給に、経鼻経管栄養、中心静脈栄養、末梢静脈栄養なども含めています。したがって「胃ろうをしない」ことと「すべての人工的水分・栄養補給をしない」ことは同義ではなく、候補となる方法を本人への利益と害の観点から個別に評価します。
jpn-geriat-soc.or(https://www.jpn-geriat-soc.or.jp/proposal/pdf/jgs_ahn_gl_2012.pdf)
一方で、胃ろうを希望しないからといって、別の方法への置き換えが自動的に適切になるわけでもありません。栄養状態を維持することが本人の生活にどのような利益をもたらすのかを確認し、目標に合った方法を検討する必要があります。日本老年医学会は、生命維持の効果が期待できても、それだけで本人への利益と判断せず、維持された生命が本人の人生をより豊かにするかという視点を求めています。
jpn-geriat-soc.or(https://www.jpn-geriat-soc.or.jp/proposal/pdf/jgs_ahn_gl_2012.pdf)
人工的な栄養補給を導入しない場合も、本人の快適さや満足につながる範囲で経口摂取を工夫します。日本老年医学会は、自然な経過に委ねる場合にも、ごく少量の水分・食物を摂る工夫を示しています。ただし、これは嚥下状態を問わず食べさせるという意味ではありません。経口摂取の可能性を適切に評価し、本人にとって快適さをもたらすかを確認しながら、実施するケアを検討します。
jpn-geriat-soc.or(https://www.jpn-geriat-soc.or.jp/proposal/pdf/jgs_ahn_gl_2012.pdf)
水分補給についても、「必ず点滴を続ける」「一切補給しない」という一律の方針を避けます。日本老年医学会は、栄養状態維持を目指す方法が適切でなくても、脱水症状を避ける目的の水分補給が適切な場合がある一方、人工的な水分補給が不要で負担となる場合もあるとしています。投与の有無だけでなく、その目的と本人に生じる変化を確認し、必要に応じて調整します。
jpn-geriat-soc.or(https://www.jpn-geriat-soc.or.jp/proposal/pdf/jgs_ahn_gl_2012.pdf)
「胃ろうをしなければあと何日生きられるか」という質問には、一律の期間を示さないことが重要です。日本老年医学会は、結果の予測には不確実さが伴うことを明示するよう求めています。本人の状態と候補となる方針に基づいて説明し、見通しが変わった場合には情報を更新します。同時に、痛みやその他の不快な症状の緩和、心理的・社会的な支援を続けることを具体的に伝えます。
jpn-geriat-soc.or(https://www.jpn-geriat-soc.or.jp/proposal/pdf/jgs_ahn_gl_2012.pdf)


家族への説明・記録・再評価を実践につなげる

家族は、胃ろうを造設しないことに対して、本人の生命を短くしてしまうのではないか、十分なことをしていないのではないかと迷うことがあります。日本老年医学会は、本人・家族の揺れや迷いを当然のこととして受け止め、フォローアップするよう求めています。説明は一度で終えず、何を心配しているかを聴き、医学的な不確実さと、継続して行うケアを分けて伝えることが大切です。
jpn-geriat-soc.or(https://www.jpn-geriat-soc.or.jp/proposal/pdf/jgs_ahn_gl_2012.pdf)
例えば、重度認知症があり、経口摂取が減ってきた人について、家族が胃ろうを希望していない場面を考えます。この場合、希望だけで即決するのではなく、経口摂取の可能性とケアの実施可能性を確認し、栄養補給によって期待する目標、負担、本人の価値観を整理します。そのうえで造設しない方針に至ったなら、継続する摂取支援や苦痛緩和、状態の変化に応じた再検討の方法まで共有します。これは、ガイドラインの意思決定プロセスを実務へ落とし込んだ例です。
jpn-geriat-soc.or(https://www.jpn-geriat-soc.or.jp/proposal/pdf/jgs_ahn_gl_2012.pdf)
記録には、最終的な結論だけでなく、そこへ至った過程を残します。厚生労働省は、話し合った内容をその都度文書にまとめるよう示しています。実務上は、本人の発言と確認状況、家族から得た推定意思の根拠、医学的評価、説明した選択肢、期待する利益と負担、参加した職種、合意内容を整理すると、次の担当者へ判断の背景を伝えやすくなります。「家族希望により胃ろうなし」という一文だけでは、本人中心の検討過程が伝わりません。
jpn-geriat-soc.or(https://www.jpn-geriat-soc.or.jp/proposal/pdf/jgs_ahn_gl_2012.pdf)
退院や施設入所の調整では、本人の希望を実施できる支援体制も確認します。日本老年医学会は、家族の負担や施設の方針によって選択が左右されることに注意し、本人にとって最善の生活環境を探す努力を求めています。介護負担を見過ごさず社会的な支援を検討する一方、施設側の都合や家族の事情だけで胃ろうの適否を決めないことが必要です。
jpn-geriat-soc.or(https://www.jpn-geriat-soc.or.jp/proposal/pdf/jgs_ahn_gl_2012.pdf)
方針決定後にも、病状、医学的評価、本人の希望が変われば話し合いをやり直します。胃ろうしない選択は、変更できない宣言ではなく、その時点の状態と価値観に基づく方針です。厚生労働省のガイドラインが求める継続的な対話と、日本老年医学会が求める利益・負担の再評価を組み合わせ、本人が望む生活と快適さを支えるケアを更新していくことが、医療従事者の役割となります。
jpn-geriat-soc.or(https://www.jpn-geriat-soc.or.jp/proposal/pdf/jgs_ahn_gl_2012.pdf)




胃潰瘍の説明に適した模型,萎縮性胃炎や出血性胃潰瘍などを再現しています,胃潰瘍モデル - 3B Scientific