

リーシュマニア症は、リーシュマニア属の原虫によって生じる感染症です。ヒトに感染する原虫は20種を超え、主に感染した雌のサシチョウバエに吸血されることで伝播します。臨床的には皮膚リーシュマニア症、粘膜リーシュマニア症または皮膚粘膜リーシュマニア症、内臓リーシュマニア症に大別されます。同じ疾患名でも、病変が皮膚に限局する場合と、全身性に進行して生命を脅かす場合があるため、最初に病型を捉えることが重要です。
who(https://www.who.int/news-room/fact-sheets/detail/leishmaniasis)
流行地は熱帯だけではありません。アフリカ、アジア、中東、中南米に加え、南ヨーロッパの地中海沿岸地域にも分布します。旅行者の診療では、南米の森林滞在や中東での活動だけでなく、スペイン、イタリア、ギリシャなどでの滞在も問診対象になります。長期滞在者や屋外活動の多い人では曝露機会が増えますが、短期旅行でも感染例があるため、滞在期間が短いことだけでは除外できません。
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サシチョウバエは主に夕暮れから夜明けに吸血し、小さく静かに飛ぶため、患者が刺されたことを覚えていない場合があります。したがって、「虫刺されの自覚がない」という回答は否定材料として不十分です。訪問した国だけでなく、地域、滞在時期、夜間の屋外活動、宿泊環境、同行者の皮膚症状まで確認すると、感染機会を具体的に評価できます。
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感染者全員が発症するわけではありません。免疫状態や栄養状態などが発症・重症化に関係し、HIV感染や免疫抑制療法を背景として、過去の感染が後年に顕在化することもあります。主な感染経路は媒介昆虫によるものですが、内臓型では輸血、臓器移植、汚染注射針の共用、先天感染など、まれな伝播経路も報告されています。
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WHO:リーシュマニア症の基礎情報
リーシュマニア症の症状は、原虫種、感染地域、宿主の免疫状態によって異なります。皮膚型では慢性皮膚病変、粘膜型では鼻腔・口腔・咽喉頭の障害、内臓型では発熱や肝脾腫が診断の入口になります。これらを一律の経過として捉えず、病型ごとの危険徴候を確認する必要があります。
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| 項目 | 基準・内容 | 備考 |
|---|---|---|
| 皮膚リーシュマニア症 | 露出部に丘疹や結節が生じ、辺縁が隆起した潰瘍へ進展することがある | 通常は無痛性だが、二次性細菌感染があれば疼痛を伴うことがある。 |
| 粘膜リーシュマニア症 | 鼻閉、鼻出血、鼻粘膜病変、嗄声などを呈し、進行すると組織破壊を来す | 皮膚病変の治癒から数年後に発症する場合もある。 |
| 内臓リーシュマニア症 | 持続する発熱、体重減少、脾腫を中心とする肝脾腫、汎血球減少などを認める | 未治療では致死的になり得るため、迅速な評価と治療が必要となる。 |
| 免疫抑制を伴う症例 | 過去の感染の顕在化、治療失敗、再発の可能性に注意する | 直近の旅行だけでなく、遠い過去の流行地滞在も確認する。 |
皮膚型は、感染から数週間後に病変が出現することが典型的ですが、数か月から数年後に認められる場合もあります。自然治癒する病変もある一方、数か月から数年にわたって持続し、瘢痕を残すことがあります。非治癒性潰瘍という外観だけでは診断できず、皮膚真菌症、抗酸菌感染症、扁平上皮癌などとの鑑別が必要です。無痛性であることや経過が緩徐であることを理由に、検査を先送りしない姿勢が求められます。
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粘膜型は、中南米に分布するViannia亜属の原虫による感染で特に問題になります。ただし、すべての皮膚型が粘膜型へ移行するわけではありません。粘膜病変のリスクがある原虫種による皮膚型では、自覚症状が乏しくても粘膜面の評価が必要です。鼻出血、持続する鼻閉、嗄声などを認める場合は、耳鼻咽喉科と連携して内視鏡による評価を検討します。
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内臓型では、発熱・脾腫・血球減少の組み合わせが重要な手掛かりです。高ガンマグロブリン血症や低アルブミン血症を伴うこともあり、血液疾患や他の感染症との鑑別が問題になります。血球貪食性リンパ組織球症を合併する場合もあるため、該当する渡航歴がある患者で炎症所見と血球減少が進行するときは、基礎疾患として本症を検討します。
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診断の基本は、疫学情報と臨床所見から疑い、検体中の原虫またはそのDNAを確認することです。皮膚病変の写真や外観だけでは確定できません。種同定は、粘膜病変のリスクや治療選択に影響するため、単に「リーシュマニア陽性」と確認する以上の意義があります。複数の原虫種が分布する地域への渡航例では、特に重要です。
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検体採取前には、検査を依頼する施設へ必要な検体量、保存条件、輸送方法、実施可能な検査を確認することが実務上の要点です。病理組織検査、培養、分子検査では検体の取り扱いが異なる可能性があるため、必要な検査を決めずに検体全量を一律処理することは避けます。CDCも、検体の採取・保存・輸送について検査室への事前相談を案内しています。
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検査結果は、病型や検体の種類、臨床的な疑いの強さと併せて解釈します。初回検査だけで病原体が確認できなくても、流行地滞在と特徴的な病変がそろう場合には、別の検査法の追加や再採取を専門家と検討します。特に内臓型が疑われる重症患者では、単一検査の結果だけで評価を終えず、感染症・熱帯医学の専門家と診断計画を調整することが重要です。
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CDC:リーシュマニア症の検査と診断
治療は「リーシュマニア症なら同じ薬剤」という形では決まりません。原虫種や株、感染地域、病変の数・大きさ・部位、粘膜への進展リスク、年齢、妊娠・授乳、基礎疾患、免疫状態を踏まえて個別化します。ある地域で有効だった治療成績を、別地域や別病型にそのまま当てはめることはできません。
cdc(https://www.cdc.gov/leishmaniasis/hcp/clinical-care/index.html)
臨床症状のある内臓型と粘膜型は、原則として治療対象です。特に内臓型は、WHOのファクトシートで未治療時の致死率が95%を超えるとされており、迅速な全身治療が必要です。原虫に対する薬物療法に加え、栄養不良、貧血、出血、併発感染などへの支持療法も行います。HIV重複感染例では、抗レトロウイルス療法の導入・最適化も重要です。
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内臓型に対しては、リポソーマルアムホテリシンBが主要な治療薬の一つです。CDCは米国患者における一般的な第一選択と位置付けていますが、免疫正常者と免疫抑制患者では治療計画が異なります。この位置付けは米国の診療情報であり、日本の承認状況、適応、供給体制を意味するものではありません。実際の投与では、国内の最新の添付文書や利用可能性を確認し、感染症専門医・薬剤師と連携して判断します。
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ミルテホシン、五価アンチモン製剤、パロモマイシンなども、病型や地域に応じて使用されます。ただし、ミルテホシンは妊婦に禁忌であり、CDCは妊娠可能な女性について治療前の妊娠検査と、治療中および治療終了後5か月間の有効な避妊を案内しています。授乳についても治療中および終了後5か月間は避ける必要があります。経口薬であることを理由に、安全性確認を簡略化してはいけません。
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皮膚型は、すべての症例に全身治療を行うわけではありません。粘膜病変のリスクが低く、病変の性状や患者背景が適切であれば、局所療法や慎重な経過観察が選択肢になります。一方、顔面・耳介・関節近傍の病変、大きい病変、持続する病変、粘膜進展リスクのある感染では、積極的治療を検討します。局所療法には凍結療法、温熱療法、特定製剤のパロモマイシン外用、アンチモン製剤の病変内投与などがありますが、実施可能性と適応は専門家が評価します。
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粘膜型では全身治療が必要です。皮膚型に対する局所治療の考え方を、そのまま粘膜型へ適用してはいけません。また、皮膚型・粘膜型に対する薬剤の有効性や承認範囲は、内臓型と同一ではありません。治療法の決定時には「どの病型の、どの原虫種に対する情報か」を明確にし、治療開始前から効果判定と再発時の対応を計画します。
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CDC:リーシュマニア症の治療原則と薬剤選択
治療後に臨床症状が改善しても、原虫が体内から完全に排除されたとは限りません。特に免疫抑制状態では再発リスクが高いため、発熱、体重減少、脾腫、血球減少の再出現や、皮膚病変の再燃に注意します。HIV重複感染例などでは、維持療法・二次予防が必要になる場合がありますが、すべての患者に共通する最適な薬剤・投与間隔が確立しているわけではなく、専門家による継続管理が必要です。
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皮膚型の治療反応は、潰瘍が閉鎖したかだけでなく、硬結の減少や病変の平坦化なども含めて評価します。大きな潰瘍では治療終了後も治癒が進むため、治療終了時点で完全に上皮化していないことだけをもって失敗と断定できません。一方、再燃は病変の辺縁から気付かれることがあるため、病変の範囲や硬結を記録し、写真で比較することが有用です。
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内臓型の治療後には、カラアザール後皮膚リーシュマニア症(PKDL)にも注意します。これは主に東アフリカやインド亜大陸で認められ、顔面、上肢、体幹などに斑状・丘疹状・結節状の皮疹が出現する病態です。内臓型が見かけ上治癒してから6か月〜1年以上後に現れることもあり、単なる薬疹や別の皮膚疾患として処理せず、感染地域と治療歴を照合する必要があります。
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予防の中心は、サシチョウバエに刺されないことです。ヒトの感染予防に利用できるワクチンや予防内服薬はなく、夕暮れから夜明けの屋外活動を減らす、肌の露出を抑える、製品の使用方法に従って忌避剤を使う、空調や適切な防虫設備のある部屋で就寝するといった対策を組み合わせます。サシチョウバエは約2〜3mmと小さく、通常の蚊帳の網目を通過し得るため、細かい網目や殺虫剤処理された蚊帳など、媒介昆虫の性質に合う対策が必要です。
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医療従事者が患者へ伝えるべき点は、帰国後の難治性皮膚病変や原因不明の発熱について、過去の渡航歴を必ず申告してもらうことです。免疫抑制後には遠い過去の感染が顕在化することもあるため、直近数週間の旅行歴だけでは不十分です。皮膚病変、鼻・咽喉頭症状、全身症状を別々の問題として扱わず、渡航歴と免疫状態を軸につなげることが、診断の遅れを防ぐ実践的な視点になります。
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CDC Yellow Book:旅行者におけるリーシュマニア症の診療と予防