

「抗がん剤の薬」という言葉は、患者や家族が、がんの治療に用いる薬を調べる際に使う表現です。一方、医療現場では「抗がん薬」「がん薬物療法」「化学療法」などの用語が用いられます。がん薬物療法には、細胞障害性抗がん薬を用いる化学療法だけでなく、分子標的療法、内分泌療法、免疫療法などが含まれます。患者説明では、まず何を指して「抗がん剤」と呼んでいるかを確かめ、処方されている薬の分類と役割を共有することが重要です。
参考)薬物療法 もっと詳しく:[国立がん研究センター がん情報サー…
がん薬物療法は、多くの場合、血液を介して薬を全身に行き渡らせる全身療法です。手術や放射線治療が主に特定の部位を対象とする局所療法であるのに対し、薬物療法では全身に存在するがん細胞への作用を期待します。ただし、膀胱内投与や動脈内投与などの局所薬物療法もあるため、「抗がん薬はすべて全身投与」と説明するのは正確ではありません。
治療の目的は一つではありません。薬物療法による治癒を目指す場合、手術前に腫瘍を小さくする場合、手術後の再発リスクを下げる場合、進行や再発したがんの増殖を抑える場合、がんに伴う症状を和らげる場合があります。術後薬物療法は、画像で確認できる病変がなくても、肉眼では見えないがんが残っている可能性を考慮して行われます。そのため、「腫瘍が見えないのに薬が必要なのはなぜか」という疑問には、再発予防という目的から説明すると理解につながります。
医療従事者が共有すべき軸は、治療目的です。同じ薬を使用していても、治癒を目指す治療と、病勢のコントロールを目指す治療では、患者に説明する目標が異なります。薬剤名や副作用の説明に先立ち、「何を達成するための治療か」「効果と負担をどのように確認するか」を言語化し、本人の希望や生活環境も含めて治療方針を検討することが求められます。
抗がん剤の薬を理解する際は、商品名だけを暗記するのではなく、作用の仕組みと治療上の位置づけを整理します。国立がん研究センターは、がん薬物療法で用いる主な薬を、細胞障害性抗がん薬、分子標的薬、内分泌療法薬、免疫チェックポイント阻害薬に分けて説明しています。ただし、抗体薬物複合体のように複数の機能を持つ薬もあり、この分類だけですべての治療を網羅するわけではありません。
| 項目 | 基準・内容 | 備考 |
|---|---|---|
| 細胞障害性抗がん薬 | 細胞が増殖する仕組みを阻害して、がん細胞を攻撃する薬です。 | シスプラチン、オキサリプラチン、パクリタキセルなど。正常細胞にも影響し、薬剤により骨髄抑制や末梢神経障害などが生じます。 |
| 分子標的薬 | がんの発生や増殖に関わる分子の働きを抑えます。小分子化合物と抗体薬などがあります。 | EGFR阻害薬、ALK阻害薬、トラスツズマブなど。薬剤によって標的の確認や遺伝子検査が必要です。 |
| 内分泌療法薬 | ホルモンの分泌や作用を抑え、ホルモンを利用して増殖するがんを治療します。 | タモキシフェン、アロマターゼ阻害薬など。乳がんや前立腺がんなどで用いられます。 |
| 免疫チェックポイント阻害薬 | 免疫細胞にかかる抑制を解除し、がんに対する免疫反応を保つように作用します。 | ニボルマブ、ペムブロリズマブなど。免疫反応に伴う炎症性の副作用に注意します。 |
| 抗体薬物複合体 | がん細胞を標的とする抗体に、細胞障害性の薬を結合させた薬です。 | 抗体による標的認識と、結合した薬による細胞障害作用を組み合わせています。 |
細胞障害性抗がん薬は、がん細胞だけでなく正常な細胞にも影響するため、血液の異常、消化器症状、脱毛などが問題になります。ただし、すべての薬で同じ副作用が起こるわけではありません。例えば、白金製剤やタキサン系製剤には末梢神経障害を起こしやすい薬があり、手足のしびれや感覚の変化を継続的に確認する必要があります。
分子標的薬は「標的があるから正常細胞には作用しない薬」ではありません。標的となる分子は正常な細胞にも存在し、皮膚障害、高血圧、タンパク尿、間質性肺炎などの副作用につながることがあります。また、内服薬が多い小分子化合物と、点滴で投与することが多い抗体薬では、投与方法や観察点も異なります。作用機序から安全性を推測しつつ、実際の評価は個々の薬の情報に基づいて行います。
内分泌療法や免疫療法も、がん薬物療法の重要な選択肢です。内分泌療法ではホットフラッシュや骨・関節などの症状、免疫チェックポイント阻害薬では免疫反応に伴うさまざまな臓器の異常に注意します。「従来の抗がん剤ではないから副作用は軽い」と一括りにせず、患者が受けている治療に即して説明することが大切です。
抗がん剤の薬は、がんの種類と進行度だけで決まるものではありません。がんの性質、関連する遺伝子変異、治療目的、全身状態、本人の希望、生活環境などを総合して選択します。標準治療を基本としながら、その患者にとって期待できる有効性と安全性を評価することが、適切な薬物療法の出発点です。
例えば、進行・再発非小細胞肺がんでは、EGFR遺伝子変異やALK融合遺伝子などの情報が、分子標的薬の選択につながります。このような検査は、特定の薬の使用を検討するための検査であり、多数の遺伝子変異を同時に調べるがん遺伝子パネル検査と同一ではありません。「遺伝子検査をした」という情報だけでは、何が調べられ、どの薬の選択に関係するのかは判断できません。
実際の投与は、レジメンに従って行われます。レジメンとは、薬剤の用量・用法、治療期間などを明記した治療計画です。基本となるレジメンがあっても、患者の状態や副作用に応じて調整されることがあります。国立がん研究センター中央病院では、mFOLFOX6療法、FOLFIRI療法、AC療法などについて、使用薬剤と副作用を説明する資料を公開しています。略称だけで理解したつもりにならず、実際の治療計画の内容を確認することが重要です。